2017年08月21日

大正6年の両国駅-保田間の鉄道乗車代は1円4銭でした。 

鋸南町の気温は27℃ 晴れ

保田の海水浴シーズンも静かなまま去っていきました。昭和頃、夏季には海水浴客の為の臨時列車が多数走り、ダイヤも単なる増発ではなく夏ダイヤとして大幅に書き換えられていた時期がありましたが、今は減るばかりです。

保田に鉄道が開通したのは遅く、大正元年に木更津、大正5年には浜金谷。そして大正6年8月1日に保田、勝山の両駅が同時に開通しました。館山駅まで開通したのは2年後の大正8年です。当時の運賃は、両国駅--保田間が1円4銭。一日平均乗車人員は321人。昭和53年は運賃1000円、乗車人員は1,065人でした。

img_22.jpg
(画像はここから借りました)

内房線は昭和44年7月には千倉まで電化されて、昭和43年のディーゼル急行「うち房」が最後の夏の運行でした。

img_11.jpg

当時、千葉方面への列車は両国駅を起点としていました。

images000.jpg
Ryōgoku_Station.JPG


昭和53年当時の保田駅長、宍戸才治さ(ん昭和16年鉄道省入社)
2p616.jpg

当時職人さんが2円位の時代、確か初任給は1円10銭だった。給料は安かったが固い商売という事で選んだ。初任給は、家計の足しにして、映画(当時の映画代が50銭)を観にいくのが楽しみだった。最初の勤務先は富浦駅で駅員、次に竹岡駅長、和田浦駅長、保田へと勤務が変わりました。昭和16年当時の汽車は2時間に1本くらいの割合での走行だったのでのんびりしていたそうだ。

本日入荷の寿司種です。(入荷が少ないものは、早めに無くなるものもございます)

ホウボウ、カマス、生メジマグロ、イサキ、アワビ、サワラ、サバ、サヨリ、シンコ、マコガレイ、トコブシ、クロムツ、アカムツ、タチウオ、真鯛、金目鯛、カツオ(勝浦産)、アジ、イワシ、コハダ、地たこ、ダルマイカ、煮アナゴ、煮ハマグリ、サザエ、赤貝、自家製玉子焼き、ウニ、他
(魚介は全て天然物です)

kuromutu004.jpg
(クロムツ寿し)

皆様のご来店をお待ち申し上げます。

らかん寿し松月HP
ご予約はこちらからお願します。
お急ぎの場合は、電話でご予約をお願いします。
TEL:0470(55)1004
連休中は、魚介が不足しますので、ご予約のお客様を優先させて頂きます
定休日は毎週木曜日です。(祝日の場合は営業)
午後6時以降にご来店の方はご予約をお願いします。
Facebookもよろしくお願いします。
タグ:鉄道開通
posted by らかん at 11:45| Comment(0) | 保田の歴史、文化