2022年09月23日

江戸時代のにぎり寿し1貫の大きさは78g位でした。

鋸南町の気温は23℃ 晴れ

※連休中はご予約の方を優先させていただきます。

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(らかん寿し)

江戸時代、寿司1貫は現代の2個の握りより大きかった?

いつのまにか、寿しの注文が1貫2個から1個に変わってしまいました。さて、何故1貫2個というのでしょうか?様々な理由がいわれますが、はっきりとは断言できないようです。ただ昔はにぎり1貫(1個)の大きさが今より大きかったので、食べやすいように今は2個になったといわれるようです。

太平洋戦争前後、食料供給安定の為として政府により様々な食料統制が行われた時代がありました。
一時は東京都内には4000店ほどの寿し店が営業をしていましたが食料不足等で営業が困難になり多くの店がやめていきました。特に1947年の【飲食営業緊急措置例】は、飲食業を禁止とするというものでさらに多くの寿司屋は店をやめる事を余儀なくされました。

生活が困窮し不安な日々の中で生まれた妙案が、握りずし6個と海苔巻き4個の計10個とお客様が持参した米一合とを交換して寿司屋はタネ代と加工賃等を得るという方法でした。

これは「飲食業」ではなく委託加工制度であるとの主張を当局に掛け合い認めさせたそうですが、これを考えた人はわかりませんが、実行したのは東京で永い間手広く営業していた八木輝昌氏(関西出身)を中心とした有志の寿司屋何人かということです。八木輝昌氏達の当局への熱心な交渉により許可が出て握りすし業だけは営業可能となりました。

こういう状況下で、他の飲食業は商売を闇のなかで行うこととなり、寿司屋は正当な商売となりました。

さらにこの委託加工制度の対象は握りずしに限られていたので、全国のすし屋が商売を継続するために握り鮨組合に加入したので、東京中心の握りずしが全国に普及することになったようです。

基本は握りずし6個と海苔巻き4個の計10個が米1合ということですから、江戸から続いていた寿司屋は、当時の重さでいうと1貫=3.75kg=1升=10合..1合=375gです。1個の米の重さは、37.5gです。寿司飯にすると78g位で握っていたのでしょう。(米の炊き増え率は210%:375g*2.1=787.5gが1合の白米/炊き増え率は米によってかなりの差が生じます)

今は、1合は大体150-160g位ですし、炊き上がりますと330g位です。10個のすしをこれで握ると、1個の寿司飯の重さは33g位ですから、当時はさらに2倍近い大きさです。(今は小さめに握って下さいとご注文される方が多いです)現代では、1個のすし飯は、大体15〜18gです。これに種をのせて40〜50g位です。
当店では、種によっては70gになるものもあります。

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江戸時代後期万延小判金1両 金0.5匁(1.892mg)=5万円=銀150匁=銭10貫文=(文=16.5円)
1貫=1000匁=3.75kg=1升=10合....1合=375g
江戸時代の寿司1貫(1個)の価格は8文132円だったということです。
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本日入荷の寿司種です。(入荷が少ないものは、早めに無くなるものもございます)

アカムツ、クロムツ、カツオ、カンパチ、サワラ、ハマグリ、タチウオ、真鯛、金目鯛、花鯛、煮アナゴ、アワビ、アジ、締めサバ、シマアジ、コハダ、地たこ、アオリイカ、赤貝、サザエ、ウニ、自家製玉子焼き、他
(魚介は全て天然物です)

皆様のご来店をお待ち申し上げます

※午後6時までにご予約をお願いします。
らかん寿し松月HP
ご予約はこちらからお願します。
お急ぎの場合は、電話(0470551004)でご予約をお願いします。(メールでの返事は時間が掛かります。ご了承ください)
TEL:0470(55)1004
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posted by らかん at 11:00| Comment(0) | 寿司の歴史と雑学
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