2016年05月17日

歌川広重と保田海岸

鋸南町保田は、明治期から避暑地として賑わい、多くの著名人が集っていました。バブルの崩壊期には、大企業が保養所撤退、別荘地を手放す人も多く、今は閑散としています。夏になると海水浴客が溢れていましたが、今は海水浴客もかなり少なくなっています。
海は昔の景色とそれほど変わらない姿を残しているのですが・・(ネットからの拾い物画像)
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(元名海岸と鋸山、過去と現在)

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(保田海岸から鋸山を望む、過去と現在)

風景版画で知られる江戸時代後期の浮世絵師、歌川広重(安藤広重)は、房総へ二度旅行しています。最初は天保15年(1844)、48歳の時、江戸から船で木更津に着き、鹿野山を参拝しました。
二度目は、嘉永5年(1852)2月25日から3月7日、56歳の時、やはり江戸から木更津へ着き、鹿野山を通って外房に出て、小湊誕生寺、清澄山を参詣し、内房を回って、館山の那古観音から勝山、保田を通りました。鋸山にも参詣し、その日は金谷で一泊、相部屋の旅人と酒盛りして、絵について話が盛り上がりました。

この時の旅のスケッチをもとに、広重は多くの房総の風景版画を書きました。特に保田海岸から見る富士のすばらしさに感動した広重は「富士三十六景」やうちわ絵で房州保田海岸を描いています。(鋸南町歴史・文化案内書)

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※金森南耕(日本画家、大正9年中原字藪が谷に居を構える。石原純とともに保田の良さをあまねく天下に紹介した一人。
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※山内多門(日本画家、宮崎県生まれ。大正13年間に靉日山荘=「紫花山房」の隣に居を構える。
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※鰭崎英朋(相撲四十八手)図の第一人者で、美人画でも人気を博した挿絵画家。鋸南町大六の祖母に育てられた。
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※伊東深水(日本画家、東京深川生まれ。佐久間の福原家と懇意で、深水は佐久間別子に弟子たちを連れてきて修行。弟子たちと何度も鋸山に行っている。
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本日入荷の寿司種です。(入荷が少ないものは、早めに無くなるものもございます)

カマス、サワラ、カレイ、ヒラメ昆布〆、黒ムツ、生トリ貝、イワシ、サザエ、コハダ、アオヤギ、アジ、タチウオ、甘鯛、花鯛、真鯛、金目鯛、カツオ(勝浦産)、地たこ、アオリイカ、ヤリイカ、煮アナゴ、煮ハマグリ、赤貝、自家製玉子焼き(有精卵使用)、ウニ、イクラ醤油漬け、マグロ他
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※入荷が少ないので載せていない寿司種もございます。
皆様のご来店をお待ち申し上げます

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posted by らかん at 11:32| Comment(0) | 保田の歴史、文化
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