2015年11月25日

アインシュタイン「相対性理論」崩壊!

祝 アインシュタイン「相対性理論」崩壊!

「相対性理論」という言葉を知らない人はいないだろう。
アインシュタインの相対性理論で驚異だと思うのは、1世紀もの長い間にわたって物理学の頂点に君臨してきたという事実である。それはビッグバン宇宙論も同じで、しかもその源流をたどればアインシュタインの「宇宙原理」にたどりつくのである。このように両方の理論がともにアインシュタインに源を発していることは奇妙ともいえる。

本書で述べてきたように、それらの錯誤の行為は単純なことで、もし科学者たちが矛盾に目をつむらずに追求していれば、その誤りはすぐに判明できたはずだからである。彼の理論の根幹を成すエーテル概念の破棄などは、自然界の物理学の大根幹を否定するような野蛮極まりない行為であったと思う。本来の思考順序からいけば、「なぜ検出できなかったのか」「前提概念に誤りがあったのではないか」と考えるべきだったのである。

意図的に誤った科学理論を一般に流布し、人類文化を異質な方向へと誘導しようとする集団が存在するらしいという人々もいる。ビッグバン理論やアインシュタイン相対論がそうとは断定できないが、科学理論としての位置・スケールと長期にわたる主流理論としての君臨を考えると、あながちそうした考えも否定できないのである。

最近になってアインシュタインに関わる妙なニュースが外電で次々と伝えられてくる。
アインシュタイン相対論は彼の妻のアイデアであったとか、家庭では暴力を振るう暴君だったというものである。中でも驚いたのはアインシュタインの相対性理論は、フランスのアンリ・ポアンカレのアイディアを盗用したというもので、それも急に出てきた噂ではなく、ずい分以前から一部には広く知られていた事実であるという。

   1899年のフランスでアンリ・ポアンカレは、マイケルソンとモーレーの実験結果によって、絶対的な運動はいかなる実験によっても確認できないという理論を提出し、この理論に「相対性原理」という言葉さえも使っていたのである。ポアンカレはその理論で「いかなるものでも超光速は不可能」とした原理で特徴づけられる、まったく新しい力学を提唱していたことも明らかになっている。

アインシュタインが理論を発表した当時、彼は26歳で単なる特許局の一役人だったことも何となく違和感を感じる。彼の理論により未来永劫にわたって、お隣の火星にさえも地球から30分以内には絶対に到達できないという「光速度不変」が1世紀近くも信じられてきたこと自体が、私には真のアインシュタイン・ミステリーに思えるが皆さんはどう考えるだろうか。

本書を書いているとき、京大名誉教授の佐藤文隆著『宇宙のしくみとエネルギー』(朝日文庫)が出たので読んでみた。彼は日本においてはビッグバン理論の大御所的な存在であり、ホーキング博士を最初に日本に招待してブームを巻き起こした人でもある。しかし文中に気になる箇所があった。それは「アインシュタインは何者か」の項で、

「・・・何を言っているのか分からなければ毒にも薬にもならないが、分かりやすいと影響力がある。そうだとすると昨今の学者は、当局ににらまれるのを警戒して、わざわざ難しいことを言っているのかもしれないとなりますが」

気になったのは「当局ににらまれる」という部分であるが、彼は正直すぎてペンが走ったのかもしれないが、いったい当局とはどんな存在で、なぜ分かりやすく説明するとにらまれるのだろうか? 私はその理由と当局の名を知りたいと思う。

                            sun

1905年に発表された「特殊相対性理論」が宇宙や自然観について、人々の概念に根本的な革命をもたらしたことはよく知られている。アインシュタインの特殊相対性理論の道を開いたのは、マイケルソンとモーレーの実験結果だった。当時の物理学における基本的な考え方は、光が空間を伝わるためにはエーテルという媒質がなければならないということである。つまりマイケルソンとモーレーの実験は、エーテルという「怪物」が実在する痕跡を検出しようとするものだった。しかし実験では足跡の片鱗さえも見出されなかった。

こうして当時の物理学は、エーテルは実在しないと結論づけざるをえないことになった。その後も多くの実験と理論の展開があったが、マイケルソンとモーレーの実験結果は不動のものとされるなかで、エーテル概念は積極的に否定されるべきものとなった。・・・。そうしたとき、アインシュタインの特殊相対性理論が忽然と登場し、「実験の教えるところでは、光のスピードは観測者の運動に関係なく、常に同じ値c(光速)をとる。ゆえにエーテルは存在しない」と一刀両断に切り捨ててしまったのである。その理論の骨子となったのは、「光速度不変の原理」であり、自然界では光のスピードを超えることは不可能で、光速を超える現象は自然界にあってはならないことになったのである。

特殊相対論は「超光速不可能」が基本であり、つまり光を超えるような速い現象が自然界にあってはならないというものである。だからもし超光速という現象が「現実に見出されたら」たちまち崩壊してしまう理論なのである。日本ではあまり知られてはいないが、実はすでに超光速現象の存在は実験で確認されていた。つまりアインシュタイン相対論の誤りは、すでに実証されているのである。

超光速という考え方について述べておこう。
光は1秒間に地球を7回り半するといわれ、ものすごく速いスピードに思えるが、宇宙規模からするとまことに遅く感じられる。お隣の月に届くのでさえ片道で約1・3秒かかり、その隣の火星へは約30分、お隣の銀河系アンドロメダともなると200万年もかかってしまう。そうするととても光速が、スピードの上限とは思えないのである。しかしこれまでの従来の物理学はアインシュタイン相対論のゆえに、「光速は秒速30万キロが上限」という呪縛的な催眠術にかかったままなので、それを超えるスピードの数値的な概念も存在しなかった。

そしてここから話はこじれてきたのである。
波という運動は水のような立体物質が存在するからこそ生じる表面現象であり、よって波だけの存在などがあるはずもないというのが物理学の基本的鉄則である。しかしそれを科学者たちが(アインシュタインの相対論の矛盾を信じることで)自ら崩壊させてしまったのである。以来、科学者たちは自然の随所に出現する深刻な矛盾につきまとわれ、悩みぬくことになった。そうした結果、SF小説にもなかったような奇怪な事象が語られるようになった。

「光のスピードに近づくとロケットの質量が無限大に増大し、長さは縮んでついにゼロになる」「双子の兄弟の片方がロケットで光速に近いスピードで宇宙に飛び出すと、浦島太郎のように片方だけが歳をとる」「ミュー中間子の寿命が延びるのは、高速度運動に近いため」「高速度を超えると、時間の流れは逆転して過去に戻る」「高い山に置いた時計ほど時間が早く進む」などなど・・・。

それもこれも、光のスピードは観測者の運動に関係なく、常に同じ値cをとるという「説」のためである。傑作なのは、観測する人の運動状態によって、それぞれの到達する時間が異なってくることである。たとえば地球から月に向けて光を発射すると同時に、同じスピードでロケットも月に向かう。誰が考えても両者は同時に到着する。しかし相対論ではそうはならない。つまりロケットから見ると地球から発射された光の方が早く月に着くのである。光速のロケットなど非現実的だというのなら、たとえ光速の半分のスピードでも結果は同じである。地球から見ると同時の現象が、ロケットのクルーから見ると同時ではなくなってくるというわけで、こんなバカなことが現実に起きるわけがない。

宇宙の大規模構造の発見者マーガレット・ゲラー女史は述べている。

『暗黒物質の話を聞いたとき、私はエーテルのことを考えた。何もかも説明してしまうというその物質の正体は何だろうか? そしてそれはいったいどこにあるのだろうか?』

100年前にオボロながらも姿を見せ始めていた「怪物」エーテルは、アインシュタインによってその存在を否定され、古典物理だけの存在として人々の脳裏から忘却されてしまった。しかし今日になって、「暗黒物質」という不気味なベールをつけられて再び現れてきた。このこと一つを取ってみても、1世紀近くの間エーテルを否定し続けてきたアインシュタインの罪が軽いとは思えない。なぜなら物理学は1世紀もの間、宇宙の主役的存在を無視することになったからである。

ゲラー女史が看破したように、宇宙エネルギーの90パーセント以上を占めるという「暗黒物質ダークマター」であるが、それこそが宇宙の代名詞「全体を占める空間」であり、古典物理学でいう「エーテル」そのものだったのである。

おそらく近い将来、20世紀の悪夢として科学者の頭をよぎるのは、「ビッグバン宇宙モデル」と「アインシュタイン光速度不変の原理」、そして「ダーウィンの進化論」だろうと思われる。

   
 
posted by らかん at 19:08| Comment(0) | テクノロジーと災害
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