2022年09月16日

秋サバが旨い!生サバ、シメサバどちらも美味しいです。

鋸南町の25℃ 曇り

※17日、18日は、保田地区祭礼です(地区によっては山車を引きまわしますので、道路が混雑する場所もありますのでご注意ください)
※午後6時以降はご予約をお願いします。

秋サバが旨い!

保田産の秋サバが大変美味しくなってきました。生でも酢で絞めても、脂がのっているので美味しいです。
日本酒は純米、吟醸、どちらでも締めたものには良く合います。お勧めの日本酒は満寿泉限定大吟醸、これからの時期は、人肌に温めても美味しいです。

PXL_20220916_013050693.jpg

20181027_091247_470.jpg

20181027_091358_470.jpg

20161022_085328_470.jpg

IMG_20200807_144111_470.jpg

IMG_20200807_144257_470.jpg


すしの歴史

わが国へのすしの伝来と発展@

すし、正しくは馴れずしは東南アジアから中国へ、そして中国から我が国に伝わったものである。すしはもともと東南アジアの山地民族の間で行われていた貯蔵法で、中国の前漢末から後漢にかけて中国に伝わり、特に三国時代(220〜265年)にこの調理法が北方に普及した。初期の材料がほとんど川魚か獣肉に限られていたのもこの為です。

我が国で、すしに関する一番古い文献は 1200年前に出た賦役令(ぶやくれい)で、その中に雑鮓、鰒鮓、鮎貝鮓といった文献が出ているという。その後927年に出た延喜式には、なれずしの製法が材料の分量までのっており、さらに500年ほど後の室町時代中期には半なれずし(生成)が現われた。すし飯の自然発酵によらず初めから酢を用いて作る早ずしが始まったのは、それからさらに100年ほどした室町時代末期であった。

しかし、それはまだ一部で、一般的に普及し始めたのは江戸時代も中期になってからという。その後、次第に製造日数が短くなり、5-6日から一夜で作るようになった。この一夜ずしはそれまでの冷ました飯の代わりに熱い飯を用いたもので、それによって発酵速度を早めたものである。その後、延宝年間(1673-1680年)になって幕府の御典医松本善甫が今日のごとき即席ずしを考案し、急速にすしの普及を見るに至った。これは当時松本鮨と呼ばれたというが、松本善甫が考案したというその真偽については疑いを持つ人もいる。

このすしは一名マチャレズシとも言われた。これは今までのすしが今日より数日経てとりに来給えということから、おじゃれ(おいで下さい)、すなわちオジャレズシといわれたのに対して松本鮨は待っている間に出来るため、待ちゃれ(しばらくお待ちください)すなわちマチャレズシと言われたのであるという。

なお、この頃のいわゆる松本鮨は大阪ずし風の押しずしであったらしく、現在のようなにぎりずしが現れるたのは文政6年(1823年)、江戸両国の与兵衛ずしの華屋与兵衛の工夫によるものとされている。しかし、それより36年前の天明7年(1787年)に出た七十五日という本にも、天明の頃、のり巻、ゆば巻、笹巻鮓等が流行していたことが記されていて、多数のすし屋の名が出ていると言う。
(文献:すし調理師入門 浅見安彦、橋本常隆)

本日入荷の寿司種です。(入荷が少ないものは、早めに無くなるものもございます)

アカムツ、クロムツ、カツオ、カンパチ、サワラ、ハマグリ、タチウオ、真鯛、金目鯛、花鯛、煮アナゴ、アワビ、アジ、締めサバ、シマアジ、コハダ、地たこ、アオリイカ、赤貝、サザエ、ウニ、自家製玉子焼き、他
(魚介は全て天然物です)

皆様のご来店をお待ち申し上げます

※午後6時までにご予約をお願いします。
らかん寿し松月HP
ご予約はこちらからお願します。
お急ぎの場合は、電話(0470551004)でご予約をお願いします。(メールでの返事は時間が掛かります。ご了承ください)
TEL:0470(55)1004
Facebookもよろしくお願いします。

タグ:コハダ
posted by らかん at 11:02| Comment(0) | 寿司の歴史と雑学
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]