2018年09月28日

イワシに脂がのって最高に美味しい!

鋸南町の気温は19℃ 晴れ 
※9月29日(土)臨時休業致します。

イワシの寿し

年中漁獲されるイワシですが、20センチ以上の「大羽鰯(おおばいわし)」に脂がのって大変おいしいです。過去2008年には年間10万トンを切り、鮮魚として高級魚の仲間入りになったこともあり、好不漁の周期があるのもマイワシの特徴です。

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(イワシの寿し、軽く酢で〆てあります)

イワシは大変栄養価の優れた魚です。
血液をサラサラにし動脈硬化の予防、中性脂肪を下げる効果があるIPA(EPA)、DHAが豊富に含まれる。貧血を予防する鉄分、またカルシウムが多い。肌の健康を保つビタミンA,ビタミンB2、そのたビタミン類が豊富。貧血を予防する鉄分、骨粗鬆症を予防するカルシウムが豊富。健康の為に毎日でも食べて頂きたい魚です。

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イワシの馴れずし(すしの本、篠田統著より)

千葉県海上郡のイワシの馴れずしは、正岡子規の「仰臥漫録」に記録がある。いろいろ調べた末、長生郡の白子や山武郡の森でも、今でも作っているという。ユズの香りが心地よく、唐辛子がきいてなかなか乙な味だということだった。
去る43年秋、銚子からはじめて外房海岸を採訪してみた。そして少なくとも匝瑳、山武、長生郡へかけて九十九里沿いでは近年までイワシの馴れずしが作られていた(または、いる)こと、安房郡でも鴨川の奥の山の中の長狭町などにも川魚の馴れずしがあったことがわかった。夷隅郡でも大原の上流では作っているらしい。

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(イワシのマリネも大変おいしいです)

作り方は、東金高校家庭科の小飼教諭の話によると、次のとおりである。

●イワシの馴れずし
わたを取り、一日水につけて血出しの後、塩に漬ける。
飯を詰め、手振り程度に軽く酢をうち、ユズの葉、唐辛子などを敷き、魚と飯とを交互に詰め、小さな重石をする。15センチ位のイワシで、一ヶ月漬ける。魚と一緒に飯も食べる。正月用に作った。

漬け込む期間が、白子では5−6日。茂原では7-14日または2-3日となっています。日数は、酢の量によって違うのだと思います(私見)

なお、寿しの名称が、白子の「うをずし」は良いとして、茂原の「すしな」はいかにも古風だ。大原の奥でも「すしな」と言う所がある由。なは魚の古語で、すしなという言い方は室町時代によく使われていた。

匝瑳高校高橋教頭のお話では、国鉄総武線と九十九里浜との間には、氏神に熊野神社が多く、日常生活も関西的要素が多い。馴れずしもその一例だ。熊野の漁夫が殖民したからだろう。山手と浜側では、生活の差が大きく、山手では馴れずしを知らない人が普通だが、浜側では「作る」「作っていた」と答える人が多かった。

また、文献を見ても江戸の初期に熊野漁師が多く土佐(の宇佐港を中心)に出かけてカツオの漁業に従事していたのが、山内氏が土佐モンロー主義を敷くに及んでその地を締め出され、関東に転進し、おもに九十九里浜のイワシの曳網に従事していた、とある。
興味のある方は、是非馴れずしを作ってみていただきたい。

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(画像はここから)

本日入荷の寿司種です。(入荷が少ないものは、早めに無くなるものもございます)

カワハギ、煮ハマグリ、カツオ(戻り)、ヒラメ、シマアジ、サワラ、キス、トコブシ、アマダイ、花鯛、真鯛、金目鯛、煮アナゴ、アワビ、サザエ、アジ、生サバ、シメサバ、イワシ、コハダ、地たこ、ダルマイカ、ウニ、自家製玉子焼き、他
(魚介は全て天然物です)

皆様のご来店をお待ち申し上げます

※営業時間:午前11時〜午後8時00分(LO;7時30分)
※定業日:毎週木曜日
※休祝日・連休・お盆期間中はご予約の方を優先させていただきます。
※午後7時以降のご来店はご予約をお願いします。
らかん寿し松月HP
ご予約はこちらからお願します。
お急ぎの場合は、電話でご予約をお願いします。(メールでの返事は時間が掛かります。ご了承ください)
TEL:0470(55)1004

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posted by らかん at 08:17| Comment(0) | 寿司の歴史と雑学

2018年09月10日

江戸時代のにぎり寿し1貫の大きさは78g位でした。

鋸南町の気温は28℃ 雨
※13,14日は休業いたします。
※15,16日は保田祭礼です。

江戸時代、寿司1貫は現代の2個の握りより大きかった?

いつのまにか、寿しの注文が1貫2個から1個に変わってしまいました。さて、何故1貫2個というのでしょうか?様々な理由がいわれますが、はっきりとは断言できないようです。ただ昔はにぎり1貫(1個)の大きさが今より大きかったので、食べやすいように今は2個になったといわれるようです。注文時は1個、2個で注文されると良いです。(当店は、現在は1貫1個です。)

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太平洋戦争前後、食料供給安定の為として政府により様々な食料統制が行われた時代がありました。
一時は東京都内には4000店ほどの寿し店が営業をしていましたが食料不足等で営業が困難になり多くの店がやめていきました。特に1947年の【飲食営業緊急措置例】は、飲食業を禁止とするというものでさらに多くの寿司屋は店をやめる事を余儀なくされました。

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生活が困窮し不安な日々の中で生まれた妙案が、握りずし6個と海苔巻き4個の計10個とお客様が持参した米一合とを交換して寿司屋はタネ代と加工賃等を得るという方法でした。

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これは「飲食業」ではなく委託加工制度であるとの主張を当局に掛け合い認めさせたそうですが、これを考えた人はわかりませんが、実行したのは東京で永い間手広く営業していた八木輝昌氏(関西出身)を中心とした有志の寿司屋何人かということです。八木輝昌氏達の当局への熱心な交渉により許可が出て握りすし業だけは営業可能となりました。

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(サワラ寿し)

こういう状況下で、他の飲食業は商売を闇のなかで行うこととなり、寿司屋は正当な商売となりました。

さらにこの委託加工制度の対象は握りずしに限られていたので、全国のすし屋が商売を継続するために握り鮨組合に加入したので、東京中心の握りずしが全国に普及することになったようです。

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(アジ寿し)

基本は握りずし6個と海苔巻き4個の計10個が米1合ということですから、江戸から続いていた寿司屋は、当時の重さでいうと1貫=3.75kg=1升=10合..1合=375gです。1個の米の重さは、37.5gです。寿司飯にすると78g位で握っていたのでしょう。(米の炊き増え率は210%:375g*2.1=787.5gが1合の白米/炊き増え率は米によってかなりの差が生じます)

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(金目鯛寿し)

今は、1合は大体150-160g位ですし、炊き上がりますと330g位です。10個のすしをこれで握ると、1個の寿司飯の重さは33g位ですから、当時はさらに2倍近い大きさです。(今は小さめに握って下さいとご注文される方が多いです)現代では、1個のすし飯は、大体15〜18gです。これに種をのせて40〜50g位です。

鋸南町でも大変大きな寿司を提供される店(亀寿司)も過去には存在しました。無くなるのは寂しいです。
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江戸時代後期万延小判金1両 金0.5匁(1.892mg)=5万円=銀150匁=銭10貫文=(文=16.5円)
1貫=1000匁=3.75kg=1升=10合....1合=375g
江戸時代の寿司1貫(1個)の価格は8文132円だったということです。
(参考・http://www.teiocollection.com/kakaku.htm
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本日入荷の寿司種です。(入荷が少ないものは、早めに無くなるものもございます)

イナダ、サヨリ、煮ハマグリ、カツオ(戻り)、ヒラメ、シマアジ、サワラ、タチウオ、キス、トコブシ、アオヤギ、花鯛、真鯛、金目鯛、煮アナゴ、アワビ、サザエ、アジ、生サバ、シメサバ、イワシ、コハダ、地たこ、ダルマイカ、ウニ、自家製玉子焼き、他
(魚介は全て天然物です)

皆様のご来店をお待ち申し上げます

※営業時間:午前11時〜午後8時00分(LO;7時30分)
※定業日:毎週木曜日
※休祝日・連休・お盆期間中はご予約の方を優先させていただきます。
※午後7時以降のご来店はご予約をお願いします。
らかん寿し松月HP
ご予約はこちらからお願します。
お急ぎの場合は、電話でご予約をお願いします。(メールでの返事は時間が掛かります。ご了承ください)
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2018年07月27日

歯ごたえと甘みのあるダルマイカ

鋸南町の気温は27℃ 曇り

ダルマイカ(剣先烏賊)

地方によっては、白イカや赤イカと呼び名がかわりますが、赤みをおびた丸みのあるイカです。身の歯ごたえや甘みの好きな方にダルマイカのファンは多いです。

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(ダルマイカ寿司、甘みがあってシャキシャキとした噛みごたえが美味しい)

イカに含まれる栄養は、ビタミンE・タウリンが多く、亜鉛・DHA・EPAも豊富です。消化しにくく、胃もたれの原因と思われがちですが、消化率は他の魚類とほとんど変わりません。

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(ダルマイカ、皮目は赤みが強い)

すしと日本人

すし好きにとってうれしいことには、すしの楽しみは食べることだけではない。むしろ食べない楽しみの方が大きいかもしれない。食べない楽しみ?そのとおり。たとえば、すしを通して日本史を勝手に推理する楽しみ。それがまた、こたえられない。その楽しみを箇条書きにしてみよう。

(その一)日本人はなぜ鮨、鮓の字を”すし”と読んだのだろう?すしは大陸渡来の食物だ。古代の中国では、鮓は「サ」、鮨の方は多分「キ」と読んだはず。それをなぜ「すし」などと読んだのだろう。
すしとは、「酸し」の意味であるとは、江戸時代の碩学、新井白石先生の解釈である。おそらく白石先生の説は正しいだろう。「和名抄」(日本最古の辞書)には鮨を「須之」と読んでいる。私達の祖先が「酸し」という味覚文化を持っていればこそ、中国では「サ」と呼んだ代物を、「すし」と呼んだのに違いない。

(その二)日本列島の古代のすしには、推理すればするほど辻つまの合わない点が多い。一体、すしは日本列島にいつごろ渡ってきたのだろう?弥生文化時代に渡ってきたのだろうか。これを否定する証拠はいくらでもある。では、奈良時代前後の、大陸との活発な文化交流の結果だろうか。決してそうではない。

(その三)平安時代のすしのメニューを調べてみると、ホヤずしが含まれている。ホヤはご承知のとおり、現在では、東北地方の人の好物。冷水を好むホヤの、しかもそのすしの味を、なぜ平安時代の、それも京都の住人たちが好んだのだろうか。

(その四)すしの字を調べてみると、平安時代には鮨、室町時代から江戸時代の中ごろまでは鮓。そして江戸時代の末期から明治にかけては鮨。なぜこうも字を取り替える必要があったのだろう。

すしについての推理は、数えあげてゆけば、まだまだ限りない。例えば、アジア大陸のすしは、すべて乳酸系のすしだが、日本列島では、乳酸ずしは言うに及ばず、乳酸・コハク酸ずし、アルコールずし、酢酸ずしとあらゆるすしが揃っている。すし文化を分子レベル(分子の大きさ)で並べてみて乳酸からアルコールを経て、酢酸までのすべてのすしを、一そろい持っている民族は日本民族だけ。味覚文化は、高分子から低分子の方向へ進歩する傾向を確かに持っている。しかし、日本列島のすし文化ほど、その傾向がはっきりと現われる食文化も珍しい。その理由は一体どこにあるのだろう。

考えてみれば、もとは魚だけ食べることを目的としたすしが、室町時代を境に、急に飯と魚を食べるすしに発達した理由も面白そうだ。江戸時代の末期に、江戸っ子が酢を使うすしを発明した理由も、推理の材料になるだろう。麹を使う、いわゆるイずしが日本海沿岸に広く存在する事実は、日本海文化を推理する材料になろう。鹿児島には独特のすしがあるが、沖縄列島には独特のすし文化は存在しない。この問題の推理を進めてゆけば、沖縄列島にいつごろ日本人が南下したかを探る重要な資料となるかもしれない。(続く)

(すし風土記 近藤弘著 昭和49年発行)
すしの歴史

本日入荷の寿司種です。(入荷が少ないものは、早めに無くなるものもございます)

ヒラメ、シンコ、サワラ、サヨリ、マゴチ、イナダ、イサキ、カマス、タチウオ、キス、カツオ、トコブシ、春子鯛、アオヤギ、花鯛、真鯛、金目鯛、煮アナゴ、アワビ、サザエ、アジ、生サバ、シメサバ、イワシ、コハダ、地たこ、ダルマイカ、ウニ(北海道、竹岡)、自家製玉子焼き、他
(魚介は全て天然物です)

皆様のご来店をお待ち申し上げます

※休業日:毎週木曜日
※休祝日・連休・お盆はご予約の方を優先させていただきます。
※午後7時以降のご来店はご予約をお願いします。
らかん寿し松月HP
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お急ぎの場合は、電話でご予約をお願いします。(メールでの返事は時間が掛かります。ご了承ください)
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posted by らかん at 09:36| Comment(2) | 寿司の歴史と雑学