2019年07月17日

本日の寿司種と浮島伝説

鋸南町の気温は24℃ 曇り
※21日(日)臨時休業致します。

毎日雨ばかりで、気も滅入ってしまう毎日ですが、美味しい魚を食べて元気に過ごしてください。梅雨明けは今月末のようです。

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浮島伝説(ヤマトタケルと景行天皇)

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(浮島・千葉県安房郡鋸南町沿岸の東京湾にある島)

勝山海岸から1.1キロメートルの距離にあり、周囲は792メートル、高さ60メートルあり、6,216坪の面積がある。島内には浮島神社があり、毎年7月第2土曜日に祭礼があり、翌日の日曜日には島渡しが行われる。 大ボッケ、小ボッケと呼ばれる二つの属島がある。これらはかつて浮島と一つの島だった。

--浮島伝説--

勝山沖にある浮島(うきしま)は、古代ロマンに満ちた伝説が伝わります。その昔、大和朝廷から東国平定を任された景行(けいこう)天皇の皇子、ヤマトタケルノミコトが、相模から内海(現在の東京湾)を渡ろうとすると、突然の大嵐で、船が沈みそうになりました。その時、妃のオトタチバナヒメが身代わりに海に身を投げて、海神の怒りを鎮め、無事房総に渡ることができたのです。ヒメのなきがらが流れ着いたのが、勝山海岸にあるみさご島と言われます。

東国平定を成し遂げたヤマトタケルの死後、父の景行天皇は、同じ旅路をたどり、浮島に来ました。浮島がとても気に入った天皇は、しばらく滞在したといいます。

この時、天皇に同行していたイワカムツカリ(磐鹿六雁命)が、浜辺でとれた大きな蛤や、角で作った弓の先で釣り上げた堅魚(鰹)を料理して天皇に差し上げたところ、たいそう喜ばれ、以来、天皇家の料理番となりました。のちに料理の神様としても祭られるようになりました。勝山は日本料理文化の発祥地でもあります。

本日入荷の寿司種です。(入荷が少ないものは、早めに無くなるものもございます)

アカムツ、マゴチ、シンコ、アジ、赤貝、アオリイカ、イワシ、カスゴ鯛、コハダ、キス昆布締め、クロムツ、サザエ、サヨリ、シマアジ、タコ、タチウオ、トコブシ、トラフグ白子、ハマグリ、ヒラメ、花鯛、真鯛、金目鯛、煮アナゴ、生サバ、海胆、自家製玉子焼き、他
(魚介は全て天然物です)

皆様のご来店をお待ち申し上げます

※営業時間:午前11時〜午後8時30分(午後7時以降は要予約)
定休日:毎週木曜日
※休祝日・連休・お盆期間中はご予約の方を優先させていただきます。

らかん寿し松月HP
ご予約はこちらからお願します。
お急ぎの場合は、電話でご予約をお願いします。(メールでの返事は時間が掛かります。ご了承ください)
TEL:0470(55)1004
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2019年07月08日

ハマグリ(九十九里産)を軟らかく仕込んであります!

鋸南町の気温は19℃ 曇り
※21日(日)臨時休業致します。

煮ハマグリ(煮蛤)

ハマグリも国産は少なくなり輸入物が多く出回っていますが、国産(地ハマ)の物は味も噛みごたえも違い旨味が濃いです。当店では九十九里産のハマグリを提供させていただきます。軟らかく仕込んであり、大変人気が高いです。

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(煮ハマグリ寿し 九十九里産)

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ハマグリは、鉄分やカルシウム、マグネシウム、亜鉛などのミネラル分が豊富で、タウリンも含んでいます。貧血や骨粗鬆症の不安に悩まされる方には是非お勧めします!

鋸南町には源頼朝が上陸したとされる場所に石碑が建っています

治承 4 年(1180)伊豆で流人生活を送っていた源頼朝は、平家打倒をかかげ挙兵しましたが、石橋山の戦いで大庭景親(おおばかげちか)に敗れ、真鶴(まなづる)崎から海路安房に落ち延びました。『吾妻鏡(あずまかがみ)』によると 8 月 29 日、「安房国猟島(りょうじま)」に着いたと記されています。これが現在の鋸南町竜島とされ、昭和9年 に千葉県指定史跡に指定されました。先着していた北条時政に出迎えられ、わずかな供で竜島に上陸した頼朝は、神明社に落ち着き、安房の豪族たちに味方になるよう書状を送ります。

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9 月 3 日、房総一の勢力を誇る上総介広常(かずさのすけひろつね)の館(一宮町)に向かうため竜島を出発。吉浜から江月、大崩の山路を越え、長狭郡貝渚(かいすか・鴨川市)に出ましたが、その夜、平家方の豪族、長狭常伴(ながさつねとも)の襲撃を受けます。これを撃退したのが鴨川の一戦場(いっせんば)で、頼朝が難をのがれて隠れたのが、仁右衛門島と言われています。

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その後、参着した安房の豪族、安西景益(あんざいかげます)のすすめで、外房を南下して安西館(南房総市三芳)へ入りました。ここで頼朝は、各地の豪族へ書状を書いたり、付近の神社などに戦勝祈願をしたりして過ごし、9 月 13 日、多くの味方を得た頼朝は、安西館を出発し上総へ向かいます。そして房総半島を北上して鎌倉へ入りました。

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上陸してからわずか 14 日間で、敗軍の将、頼朝は、房総の豪族たちを味方にし、一大勢力となります。そして、ついに平家を滅ぼし、鎌倉幕府を開きます。頼朝にとって再起の一歩となった竜島は、その後の日本の歴史にとっても重要なターニングポイントとなったのです。鋸南町をはじめ、房総各地には頼朝伝説として語られるさまざまな伝説が残されています。
(鋸南町歴史・文化案内書)

本日入荷の寿司種です。(入荷が少ないものは、早めに無くなるものもございます)

マゴチ、シンコ、メジマグロ、アジ、赤貝、アオリイカ、イワシ、カスゴ鯛、コハダ、キス昆布締め、クロムツ、サザエ、サヨリ、シマアジ、タコ、タチウオ、トコブシ、トラフグ白子、ハマグリ、ヒラメ、花鯛、真鯛、金目鯛、煮アナゴ、生サバ、海胆、自家製玉子焼き、他
(魚介は全て天然物です)

皆様のご来店をお待ち申し上げます

※営業時間:午前11時〜午後8時30分(午後7時以降は要予約)
定休日:毎週木曜日
※休祝日・連休・お盆期間中はご予約の方を優先させていただきます。

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2019年04月02日

春の魚、春日子が美味しい時期は、野山も美味しいものが一杯です。

鋸南町の気温は4℃ 晴れ

春の魚、春日子が美味しい時期には、野山も蕗、筍、独活、セリなど美味しいもので賑わっています。

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(春日子)

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保田の人は、房州の他の土地の人に比べて言葉がきれいだと言われています。かなりの年配の人でも、あまり房州の言葉を使わず標準語で話しをします。それは、小さな頃から、避暑に訪れる都会の人達と接していたからだと思われます。保田が避暑地として、お客さんを迎え入れる様になったのはかなり古くからの事です。

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多くの家が母屋をひと夏お客さんに貸して、家主や家族は納屋で住んでいました。納屋と言っても大家族が十分と暮らせる程大きなものです。

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夏目漱石が学友とともに、保田を訪れたのが明治22年。おそらくこの頃から海水浴が始まったのだろうと言われています。

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西条八十が保田の海へと度々訪れたという話も有名で、”歌をわすれたかなりやは・・”という八十の代表作「かなりや」も、保田滞在の時に作られたと言われています。

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当時駅前通りにあった「かづま旅館」のおばあさん、”こう(幸)さん”が9歳か10歳位の時、近所に来ていた八十に可愛がられたそうです。そのこうさんを題材にして作られたと言われています。

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※今はかずま旅館も閉館しました。

漱石や八十が訪れた当時、鉄道はまだ開通はしていなくて、東京からは、もっぱら汽船が使われました。東京霊岸島から保田までは、船便で5時間近くかかったそうです。
※霊岸島
東京都中央区東部,隅田川河口右岸の旧町名。現在の新川1,2丁目にあたる。江戸時代初期には北の箱崎島 (現日本橋箱崎町) とともに江戸中島と呼ばれたが,新川の開削により分離。地名は寛永1 (1624) 年霊巌雄誉上人がこの地に創建した霊巌寺に由来 (寺は明暦の大火後,深川に移転) し,霊巌島とも書いた。

1917年(大正6年)8月1日 保田に鉄道が開通すると、次第に海水浴客も増えていきました。

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その頃、石原純と原阿佐緒のスキャンダラスなロマンで、保田は一層有名になりました。石原は、東北大の物理学の教授でアララギ創刊以来の歌人でもありました。原は同じアララギ派の女流歌人。二人はいつしか恋仲になりました。

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また、石原には大学があり妻子もあり、原には二人の子供がありましたが、二人は過去の一切を捨て保田へと移り住みました。大正11年、当時この痴話が新聞に大々的に報じられたと言います。洋風二階建ての建物が保田小の裏にでき、【曖日荘】と名づけられました。

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本日入荷の寿司種です。(入荷が少ないものは、早めに無くなるものもございます)

マゴチ、カスゴ鯛、シマアジ、サヨリ、サワラ、アオヤギ、赤貝、タチウオ、ヤガラ、アカムツ、クロムツ、甘鯛、真鯛、花鯛、金目鯛、煮アナゴ、アワビ、ハマグリ、アジ、タコ、シメサバ、生サバ、イワシ、コハダ、ダルマイカ、ウニ、自家製玉子焼き、他
(魚介は全て天然物です)

皆様のご来店をお待ち申し上げます

※営業時間:午前11時〜午後8時30分(LO;7時30分)
※定業日:毎週木曜日
※休祝日・連休・お盆期間中はご予約の方を優先させていただきます。
※午後7時以降のご来店はご予約をお願いします。
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posted by らかん at 08:52| Comment(0) | 保田の歴史、文化